「そういえば、七松先輩と滝夜叉丸先輩はどうされましたか?」



一息ついたところで金吾が尋ねた。
伊作はああ、と頷く。
「ちょうど他にも利用者がいて保健室が満員になってしまってね、自分たちで手 当てするからと言って薬だけ持って出ていったんだよ。そのまま夕飯も食べにい ったようだね」
でも後からその握り飯を持ってきてくれたのは滝夜叉丸だからね、と伊作は付け 加えた。
そのときのことを思い出したのか、妙に口許を弛ませる六年生に、金吾たちは訝 しげな視線を送る。伊作は変なこと考えてたわけじゃないよ、と前置き。



「いや、あの二人がこんなに息があうようになったのが嬉しくて」


三人を運んできたときのやりとりといい、手当てをしようかと問うた伊作にそれ ぞれ「いい。滝夜叉丸にやってもらうから」「お構いなく。先輩にやっていただ きますので」と当然のように言い放ったことといい、保健室まで握り飯を運んできた滝夜叉 丸、そして「こいつら育ち盛りだから多めに握ってくれと先輩が頼んでくれたの ですよ」と皿に盛られた山の大きさに驚く伊作へ控え目に笑った表情から、微笑ましさと 安堵を感じた。


「二人はうまくやっているんだね?」



半ば確信の形で問われ、三人はそれぞれにそうですねえ、と頷いた。

「七松先輩に振り回されているのは同じですけど」
「僕らよりは委員長に対して進言していますし」
「七松先輩がやりすぎると俺らのフォローしてくれますしね。一応」
「本気で怒ってくれることもあったよね」
「でも基本的に仲はいいですよ」
「滝夜叉丸先輩の話笑いながら聞いてられるのって七松先輩ぐらいだもんね」
「ていうかありゃ内容自体は全然聞いてないと思うぞ」
わいわいと盛り上がる三人を横に、伊作はしみじみと呟いた。

「よかった。やっぱり収まるところに収まるようにできているんだねえ」




声は届いたものの意味が分からない金吾が「へ?」と間の抜けた声をあげる。
「ああ、一年生の金吾は知らないだろう。滝夜叉丸が体育委員になったのはこの一年半の間のことなんだ」
そうなんですか!?と湯飲みを置いて驚いて見せたのは四郎兵衛だった。
「そうだよ。しろも今年から体育委員だったから知らないのか」
三之助がのんびりと返す。頭が絡まってきた金吾はちょっと待ってください、と先の会話を制した。
「滝夜叉丸先輩はずっと体育委員だったわけじゃないんですか」
「そう、俺が体育委員に入って半年くらいたったときにあの人がやってきたんだ。確か図書かどっかクビになって」
「クビですか」
「次屋先輩の方が体育委員歴長かったんですねえ」
幼い二人の下級生が口々に呟く。そうそう、と伊作が後をひきとった。
「確か三之助は一年生のときは用具だったよね。そのときは滝夜叉丸と一緒にはならなかったみたいだけど。滝夜叉丸はね、 三年間ずっと色んな委員会を転々とし続けていて、こんなに長くひとつの委員会に籍をおいているのは今の体育が初めてなんだ よ」

眉を八の字にして伊作が苦笑する。言われずとも想像がついた。
「しょっちゅう委員会クビになってたってことですか」
呆れ調子で四郎兵衛がまとめると、まあそういうこと、と肩をすくめる動作が返ってきた。
「一つの委員会に一季節か半年くらいしかもたなかったんだよね。大概どこへいってもあの性格が災いしちゃって」
「保健委員もやったんですか?」
ぴ、とこの部屋を指すかのように三之助が人差し指を伸ばした。六年間保健室を預かり続けている委員長は、ああ勿論、と やはり苦笑を浮かべている。
「根が真面目なのは分かっていたし、薬の場所や調合もよく覚えたんだけどね、患者がきても治療する前にうんちくを語り 始めるもんだから、あちこちから文句が殺到しちゃって」
あんときは大変だったなあ、と懐かしげに虚空へ視線を飛ばした。状況がありありと目に浮かんで金吾たちも力なく笑うしか ない。

「追い出すのはしのびなかったんだけどね、こっちもやってくる人を治して癒すのが仕事だから、仕方なく。一応その後も気に かけてはいたんだけど、やっぱり定住できる委員会がなかなかなくてねえ」
昔語りは続く。しかし追い出した負い目があるなら、それは他の委員会だって同じことだ。
伊作のその後の滝夜叉丸の身の置き場で心を痛める姿は、忍者に向いていないと言われるのも仕方ないほどのお人よしのそれである。
「一番短かったのは学級委員だったんだけど」
「やらせたんですか!?あの人に!学級委員を!?」
ただでさえ調子に乗りやすい滝夜叉丸が、クラスの名実たる長である学級委員を。
いくらなんでもそれはない、と驚く三人に伊作は「うんだから」と続けた。
「就任して三分でクビになっていたよ。五年ろ組の鉢屋三郎が手を回したとのもっぱらの噂だ」
任期三分、という非現実的な数字だが、三郎の名前がでてきては多分本当の話なんだろうな、と金吾は内心汗をたらした。



「・・・なんか、僕滝夜叉丸先輩が気の毒になってきたんですが」
表情をくもらせた四郎兵衛がおずおずと口を開いた。確かに三年にも及ぶたらい回しとは、あんまりな扱いのような気がする。
それは体育委員会がめちゃくちゃなメンバー・活動内容ながらもうまく回っているという実感があればこその感想だった。
確かに滝夜叉丸は困った先輩ランキングでも作れば一位二位は確実という人間だが、金吾や四郎兵衛にしてみればそれだけで はない部分も数多く知っている。
「うん、でもあの性格は上級生となかなか折り合いが悪いらしくてね。体育委員会に決まったときも、誰も小平太と滝夜叉丸 の気が合うなんて思わなかったから、今回もすぐクビだろうなって言われていたんだけど」


そんな周りの予想とは裏腹、小平太の傍若無人なパワーが滝夜叉丸の自己顕示欲を上回った。 心得た顔で三人が頷く。
「ああ、なるほど。滝夜叉丸先輩が自慢始める前に七松先輩がいけいけどんどんで全部煙に巻いちゃうんですね」
「っていうか、完全に自分のペースにしちゃうんだよな、あの委員長は」
「あと小平太が『ああ』だから、自然自分がブレーキ役にならなきゃいけないって学んでいったんだろうね。荒療治だけど 滝夜叉丸はこれでも随分成長したんだよ」
伊作の一言で、金吾たちは「これでも」「あれでも」と口々に笑う。



「確かに、委員会での滝夜叉丸先輩はまともですよね」
「でなきゃ俺ら今日も保健室までたどり着いたか分からないからな」
「は組の皆も一度体育委員会での滝夜叉丸先輩を見てみればいいのになあ」
金吾が溜息に乗せた言葉に、伊作は相好を崩した。
「いやあ、金吾はいい子だな!確かにまだまだ委員会以外では困った性格ばかりが目につくけれど」
わしわし、と頭巾ごしに頭を撫でる動作に金吾は赤くなって「やめてくださいやめてください」と両手を振った。
その横で三之助があごに手をやって何やら考え込む様子を見せる。
「そこいくと、滝夜叉丸先輩は七松先輩に随分救われてるってことになりますよね。あの大雑把で気にしない性格だからこそ滝夜叉丸 先輩にいらいらしないわけだし。それで体育委員でうまくやれるようになったってことは」
本当はもっと先輩に感謝したほうがいいんじゃないですか?と伊作を見上げた三之助に、伊作もとっておきのおもちゃを見せる ような瞳でずいと近寄った。

「ところがね、よくよく考えてみると小平太も滝夜叉丸に救われていると言えるんだよ」
「え?七松先輩が?まさか、あの人は明るいし後輩にも気安いから、滝夜叉丸先輩に限らず上手くやれるでしょう?」
仲は良いほう、といってもやっぱり三年生。三之助が一つ上の滝夜叉丸に対して一番つっかかることが多い。
納得のいかない顔の三之助に伊作はでもね、と続ける。
「人当たりはよくても結局体力バカなことと、年下の体力を考えるだけの頭がないのは確かでね。去年までも小平太が暴走して、 なんとか押さえ込めるのは僕らより年上の先輩方だけだったんだ。小平太が体育委員長になるにあたって、後輩しかいない環境で誰があいつの いけどんを諌められるか、僕らは心配したもんなんだけど、なかなかそれだけ力のある生徒ってのは少なかったんだ」
伊作の話に三人は聞き入っている。湯のみを転がすような真似はしなかったが、口をつけるのも忘れていたお茶がす っかり冷え切っていることにも気づかなかった。伊作は指を折って数える。

「五年生なら実力のある生徒も何人かいたけど、やっぱり隣り合う学年だとお互い思うところも出てくるからね。図書の不破 みたいな子だったら、ちゃんと控えめに振舞うこともできるんだけど」
だからわりと積極的な生徒には五年でも既に六年と同じ委員長席みたいなことやらせているんだよ、と言って伊作は久々知や竹谷の 名前を挙げた。
「四年ながら滝夜叉丸は優秀だと思うよ、僕も。自分であんなに主張しなきゃ、皆もちゃんと認めてくれると思う んだけどね。学年がひとつ空く分委員長を立てることも心からできている。それでも行き過ぎた暴走は無理やり止める だけの度胸も実力もある。多分小平太も、滝夜叉丸が後輩じゃなきゃダメだったんだ。下級生の君たちがこうやって今も 脱落せずに委員会を続けているのを見てもね」
どう、認め難い話かな?と伊作はいたずらっぽく結んだ。
毎日の委員会活動をこなせているのは、自分の実力がついたこともあるだろうが、知らず滝夜叉丸のフォローにも助けられて いるから。
確かにそれは、一部分では自分の力を低く評価することにもなるだろうけど。

「いえ、確かにその通りだと思います」
存外きっぱりした口調で金吾が答えた。四郎兵衛もこくこくと首を縦に振り、三之助は散々唸った後に「まあ、そうなんですよね」 と聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「はは、だから上手く収まったものだな、と言ったんだよ。滝夜叉丸には小平太がいなくちゃだめだった。小平太は滝夜叉丸 がいてくれなきゃだめだった。お互い様なんだ」
いい話でしょ、との伊作の言葉に三人はしたり顔で頷いた。

「知ってます。僕たち毎日あの二人の先輩のやりとり見てるんですから!」




顔を見合わせて四人で笑いあう。いつの間にか月は中天近くまで昇っていた。
夜更かしさせちゃったごめん、と謝る伊作に、おかげで先輩たちのこともっと好きになれました、とはにかんだ声が返る。
そこへぱたぱたと廊下を渡る音が響いてきた。自然向いた視線の先、夕方金吾たちが運ばれてきたときと同じように勢いよく障子が開いた。

「こら!お前たち、いつまで保健室に入り浸っているつもりだ!飯も済んだなら皿くらい返しにいかんか!」
「おー、皆起きたかー。握り飯美味かったろ!寝る前に風呂入りにいくぞ!全員準備!」
え、五人でいく気ですか、聞いてませんよ私もう入ってきたんですけど。あれ言ってなかったっけ?まあいいだろ、二回入って も。何が減るわけでもないし。
にぎやかに入ってきたと思ったらそんなやりとりを始める二人に、出迎えた四人はけたけたと笑う。
足元にひっかかっていた掛け布団をはぎとり、金吾がえいと滝夜叉丸に飛びついた。それを見た四郎兵衛も小平太に抱きつく。
出遅れた三之助はプライドも相まってどうしたものか、と頬をかいていたが、すぐに立ち上がると滝夜叉丸の背を軽く叩いた。
「・・・お疲れさまっす」
「なんなんだお前は。偉そうなのかそうでないのか」
面食らう滝夜叉丸を気にせず小平太はなんだ、どうしたと笑いながら四郎兵衛を抱え上げ。
「なんかよく分からないが、全員元気そうだな!さあ風呂いくぞ風呂!」
ぐいぐいと三之助と滝夜叉丸(とひっついた金吾)の背を押していく。
わあわあと悲鳴のような声のはざま、口々に「お邪魔しました」「ありがとうございました」と伊作に声がかかり、 あっという間に保健室には静寂が訪れた。と、最後に廊下を曲がるあたりで思い出したように「伊作ー、世話んなった!」と遠い声が聞こえて 、今度こそ静かな夜が戻ってきた。

残された伊作はくすくすと笑いながら、布団や食器を片付け始める。
かちゃかちゃ、と湯のみを盆に乗せる音とともに夜に乗る声がひとつ。


「さて、あとはいつ恋になるのかな」








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テーマは本人があまりでてこないこへ滝。それと、お互い必要な人間だったんだねっていうこへ滝。 恐ろしいことにまだこいつら付き合ってません。
思いのほかだだ長くなってしまいました。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


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